ベルギーにチョコレートが入ってきたのは、スペイン、イタリア、フランスに次いで18世紀後半のことであった。
前世紀初頭までは一部の上流階級を除き、その消費量はごく僅かであった。この現実とは矛盾するが、当時の金銀細工師が技を競って作ったのは、チョコレートを淹れたり、飲んだりするための本物の金銀製の容器製作であった。チョコレート史上において最も注目すべき点は、チョコレートは長い間大人のための飲み物であったことだ。発祥の地、西インド諸島ではチョコレートは男性用の辛みをつけた飲み物であった。
スペイン人がチョコレートを飲み始めるようになって、聖職者やご婦人方の口にも合うように、砂糖とバニラで甘味をつけるようになった。
かくしてチョコレートは貴族階級の好む飲み物となる。この流行はバスティーユの陥落とともに終わる。19世紀になってもチョコレートは大人の特権的飲み物であった。健康によいと言われ、体調の悪い時などに飲まれた。当時のチョコレート製造者には薬剤師出身者が多かった。1850年にはすでにベルギーにはたくさんのチョコレート職人がいた。
今世紀に入り、ベルギー・チョコレートは宣伝や世界博覧会への参加などにより、めきめきと評判をあげた。1920年代には、チョコレートブームが沸き起こる。これはいわば、チョコレートの大衆化ともいえるもので、当時のカカオ豆の暴落などの経済的背景、機械化による大量生産、業社間の競争、生活水準の向上、意識改革などの要因が相まった結果である。
30年代になるとチョコレートは日常的な食品となり、誰にでも、特に子どもにも手の届くものとなった。戦時中にはチョコレートも欠乏した。が、トミー(英国兵)とGIのチョコとともに世界に笑い声が戻った。
50年代には映画も、歌も、文学までもがチョコレートに夢中になった。子どもの誕生日や、サン・ニコラ祭、イースターにはチョコレートは欠かせなくなった。チョコレートはその甘い香りを嗅ぐ時、誰しもが子供時代への郷愁にそそられるという不思議な力をもつ。